ウルタールの猫とは?ラヴクラフト原典の少年の祈り・猫の失踪・掟の由来を読む

夕暮れのウルタールを思わせる町で、木々の下の家を囲んで静かに歩くさまざまな毛色の猫たちの想像図 クトゥルフ神話・怪奇文学
『ウルタールの猫』の行列の場面に着想を得たイメージ。町や家を想像して描いたもので、実在の場所や史料の再現ではありません。

ウルタールでは、猫を殺してはならない。H・P・ラヴクラフトの短編『ウルタールの猫』は、この不思議な町の掟を最初に示し、その由来となった出来事を語ります。身近な猫たちは、ここでは人間の知らない秘密とつながる存在として描かれています。

原題は『The Cats of Ulthar』。本記事では、英語原典をもとに少年メネス、猫たちの失踪、老夫婦の家での発見を整理します。ラヴクラフト作品・クトゥルフ神話関連の幻想世界に登場する怪異譚であり、現実の町の法令や動物の行動を記録したものではありません。以下には結末への言及があります。

『ウルタールの猫』はどんな作品か

書誌情報によると、本作は『The Tryout』1920年11月号に初掲載されました。舞台のウルタールは、スカイ川の向こうにある町として紹介されます。冒頭の語り手は、暖炉の前で喉を鳴らす猫を見ながら、猫が人には見えないものに近い存在であると語ります。

そこでは古代エジプトやスフィンクスを思わせるイメージも重ねられます。ただし、これは猫の神秘性を描く文学上の語りです。猫の起源についての歴史学・動物学の説明として、そのまま採用することはできません。

物語の中心は巨大な怪物との戦いではなく、町の人々が恐れながら見過ごしてきたことと、その後に起きる説明しきれない変化です。猫がいなくなった夜に何が行われたのかは、最後まで直接の場面として描かれません。

町が恐れていた老夫婦

猫を殺すことが禁じられる前、町には近所の猫を捕らえて殺す老夫婦が住んでいました。家は大きな木々の下に隠れ、手入れのされていない庭の奥にあります。猫の飼い主たちは二人を憎みながらも、それ以上に恐れていました。

人々は抗議するより、自分の猫をその家に近づけないようにします。猫が行方不明になり、夜に不穏な音が聞こえても、被害を受けた者は嘆くしかありません。この沈黙によって、老夫婦の行為が町の中で続いていることが示されます。

原典は、二人がなぜそのような行為を好むのかを十分には説明しません。物語にない過去の事件や呪いの由来を補う必要はありません。理由が分からないまま、町の人々が危険を承知して避け続けている状況そのものが、不気味さを作っています。

メネスの黒い子猫と、空に向けた祈り

ある日、南から旅の一団が町に入ります。その中には両親を失った少年メネスがいました。彼にとって、小さな黒い子猫は悲しみを和らげてくれる大切な存在です。本文は、少年が子猫と遊ぶ姿を、後に起こる喪失の前に描いています。

滞在の三日目の朝、子猫が見つからなくなります。泣くメネスに、町の人々は老夫婦のことと、夜に聞こえた音について話します。少年は考え込んだ後、太陽へ両腕を伸ばし、町の誰にも理解できない言葉で祈ります。

そのとき、空の雲が奇妙な姿を取ったように見えます。人と動物が混ざったような姿や、角の間に円盤をいただく形が連想されますが、語り手は自然の中にそのような錯覚があるとも述べます。神が実体を現したと、目撃者全員の一致した確認として語られているわけではありません。

また、祈りの言葉の意味は本文に示されません。メネスが特定の神格を召喚した、猫たちへ具体的な命令を下した、といった内容を原典の事実として書き足すことはできません。祈りとその後の出来事のつながりは強く暗示されますが、仕組みは説明されないのです。

一夜だけ姿を消した猫たち

その夜、旅の一団は町を去ります。同時に、ウルタールのすべての家から猫がいなくなったことに、人々は気づきます。町の長クラノンは旅人たちが猫を連れ去ったと疑い、公証人ニスは老夫婦のほうが疑わしいと考えます。猫の不在という同じ出来事から、別々の推測が生まれています。

そこへ、宿屋の息子アタルが見たという話が加わります。夕暮れに、町の猫たちが老夫婦の家の周囲を二匹ずつ並び、ゆっくりと円を描いて歩いていたというのです。その様子は、動物たちの見知らぬ儀式のように表現されます。

しかし、大人たちは幼い子どもの証言をどこまで信じるべきか迷います。老夫婦のところへ踏み込む者はなく、不安を抱えたまま夜が過ぎます。この段階で読者が知るのは、猫が消えたことと、アタルが語る行列の光景までです。

戻った猫と、閉ざされた家の結末

翌朝になると、猫たちは一匹も欠けず、いつもの家へ戻っていました。つややかで満ち足りた様子を見せ、二日間は食べ物にも牛乳にも手をつけず、日なたや暖炉のそばで眠ります。猫たちが何をしてきたのかは、語られません。

一方、老夫婦の家には夕方になっても明かりがともらず、二人の姿も見えなくなります。最初の一週間を経て人々がそれに気づき、さらに一週間後、町の長が立会人を連れて家を訪れます。扉を開けた先で見つかるのは、二人分の人骨でした。

猫の行列、帰宅後の様子、老夫婦の不在と家の中の発見を並べれば、読者には恐ろしい結びつきが見えてきます。ただし、猫が家の中で二人を襲う場面そのものはありません。猫による報復が強く示唆される、と書くことと、その夜の行動を詳細に再現して断定することは別です。

町では関係者の話し合いやアタルへの聞き取りが行われます。そして最後に、ウルタールでは誰も猫を殺してはならないという掟が定められます。物語は、冒頭で示された町の決まりへ戻って閉じられます。

猫たちは怪物なのか――本文が描く範囲

本作の猫は、ふだんは暖炉や日なたで過ごし、人に飼われる動物です。牙や体の大きさが異常なものとして描かれるわけではありません。それでも、一斉に姿を消すこと、整然と家を囲むこと、戻った後の共通した振る舞いによって、個々の飼い猫を越えた意志のようなものが感じられます。

猫たちが人の言葉を話したり、計画を説明したりすることはありません。読者は、人間側の観察や噂から意味を考えます。そのため、怪異の中心を猫の姿の異常さに求めるより、身近な存在が人間の理解の外でまとまって動くところに見ると、作品の特徴が分かりやすくなります。

後のラヴクラフト作品や翻案、ゲームにおける猫の設定を説明する場合には、それぞれの資料が必要です。本記事ではこの短編の範囲に絞り、移動能力、神々との所属関係、戦闘能力などを他作品から持ち込んではいません。

考察:沈黙していた町が、掟を作るまで

ここからは本記事の考察です。物語の前半で、町の人々は被害を知りながら行動できません。猫を遠ざけることはしても、老夫婦による被害そのものを止めてはいません。その町が最後には公の掟を定めるという変化に、物語の大きな軸があります。

メネスは旅人の一団と去り、結末の話し合いには参加しません。少年の祈りが何を引き起こしたのかを本人に聞くこともできません。残された町の人々は、完全な説明を得ないまま、猫に対する振る舞いを変えることになります。

また、猫の愛らしさと恐ろしさは、どちらか一方で打ち消されません。メネスを慰める黒い子猫も、日なたで満足げに眠る猫たちも、同じ物語にあります。守るべき小さな存在が、人間の知らない力に通じているかもしれないという二重性が、短い作品に余韻を残します。

人間の行為と都市に返ってくる災厄という観点では、『サルナスを滅ぼしたもの』のボクラグと比較できます。また、人間のそばにある別の生き物の世界という観点では、『ピックマンのモデル』の食屍鬼が関連します。ただし、猫たちをそれらと同じ種族や同じ神の配下とみなす根拠は、この短編には示されていません。

参照した原典・書誌

英語原典を独自に要約し、作中の出来事、登場人物の推測、本記事の考察を区別しました。現代日本語訳やTRPG本文は転載していません。

H. P. Lovecraft, “The Cats of Ulthar” 英語本文(The H. P. Lovecraft Archive):メネスの祈り、アタルの証言、猫の帰還、老夫婦の家での発見、掟の制定を確認。

“The Cats of Ulthar” 書誌情報(The H. P. Lovecraft Archive):『The Tryout』1920年11月号の初出情報を確認。

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