クラーケンとは?島のような怪物の伝説とダイオウイカの実像を読む

月夜の海中に巨大な触腕がうねり、遠くに帆船が浮かぶクラーケンの想像図 怪異
伝承をもとにしたAI生成の想像図。実際の目撃写真・記録写真ではありません。

クラーケンは、北欧の伝承に登場する巨大な海の怪物です。現在は、イカやタコに似た腕で船を包み込む姿がよく知られています。しかし、その歴史を読むと、島ほどの巨体や、潜るときに生じる渦など、単に大きなイカとは呼びにくい話も見えてきます。

実在するダイオウイカは、この伝説を考える重要な手掛かりです。ただし、巨大なイカの標本があることと、船を沈める伝承上の怪物が確認されたことは別です。クラーケンの語られ方と、博物館が記録する動物の姿を読み比べてみましょう。

クラーケンの姿は一つではない

ロンドン自然史博物館は、クラーケンをスカンジナビアの民間伝承に由来する怪物として紹介しています。代表的なのは、頭足類に似た身体で船や船員を襲う姿です。頭足類とは、イカやタコなどを含む動物の仲間を指します。[1]

一方、サルヴァドールとトモタニによる2014年の研究論文は、クラーケンが美術や文献の中で、形の定まらない塊、巨大な甲殻類、海蛇などとも結び付けられてきた経緯を整理しています。現在のイカ・タコ型のイメージだけを、あらゆる時代の記録に当てはめることはできません。[2]

物語の怪物には、生物図鑑のような一貫した体の設計図が必要とは限りません。海の上で人間より大きな力が動き、船の安全が失われる。その関係が共通していれば、姿の異なる話が同じ名前のもとに集まることもあります。

島のような背中と、船をのみ込む渦

同論文が整理するポントピダンの『ノルウェー博物誌』(1752〜1753年)では、海面に現れたクラーケンが山や島と見間違えられるほど巨大だとされます。また、怪物が潜る際にできる渦が船を引き込むという語りも紹介されています。ここで扱われているのは、現代の観測で確かめられた体長や行動ではなく、当時の文献に記された怪物像です。[2]

この型の話で不気味なのは、最初から牙や腕が見えているとは限らないことです。陸地だと思ったものが動き、足場に見えた場所が水中へ沈む。安全な場所と危険な生き物が入れ替わるという読み方ができます。船をつかむ触腕の絵とは違う、環境そのものが裏切るような恐怖です。

伝説の手掛かりになった巨大な頭足類

自然史博物館の軟体動物の専門家ジョン・アブレットは、大きなイカやタコの腐敗した遺体、あるいは一部が消化された遺骸が浜に打ち上がり、その正体を人々が推測したことが、海の怪物の物語につながった可能性を説明しています。これは伝説の形成を考える仮説であり、すべてのクラーケンの話について由来を特定したという意味ではありません。[1]

完全な身体が見えないものは、かえって想像を広げます。大きな腕だけがあれば、その持ち主はさらに巨大なのではないかと思えるでしょう。怪物の絵と断片的な遺骸が互いに説明し合い始めると、どこまでが観察で、どこからが補われた姿なのかを見失いやすくなります。

ダイオウイカには検証できる標本がある

ダイオウイカは、伝承の名前ではなく、標本と研究の対象になる実在の動物です。ロンドン自然史博物館は、2004年に漁船が水深220メートルで捕らえた、全長8.62メートルの個体を所蔵しています。捕獲後すぐに冷凍されたため、腐敗前にDNA試料を採取できたと同館は説明しています。[3]

ここに、怪物の目撃談とは異なる強みがあります。保管された標本なら、別の研究者も形態やDNAを調べ、説明を検証できます。「大きなものを見た」という報告に、比較・再検討できる対象が加わるのです。

ただし、この標本の存在から、島ほど大きな身体や、船を沈める渦まで実証されたことにはなりません。実在の動物が伝説を連想させても、物語の能力がその動物に一括して移るわけではありません。

日本の調査が捉えた深海での姿

国立科学博物館によると、窪寺恒己らの調査チームは2004年9月30日、水深約900メートルでダイオウイカを撮影しました。画像には、獲物を捕らえる長い触腕を丸めて、口元へ引き寄せる様子が記録されています。触腕は、イカの10本の腕のうち、特に長い2本を指します。[4]

同館の2013年「深海」展の案内では、2012年に深海での動画撮影にも初めて成功したことが紹介されています。[5]「写真が撮れた年」「研究が発表された年」「動画が記録された年」は混同しやすいため、何の出来事の日付なのかを確認したいところです。

この観測で見えてくるのは、帆船を襲う怪物ではなく、深い海で餌を捕らえる動物の行動です。未知だった暮らしが少しずつ見えてくる過程そのものに、怪談とは別の驚きがあります。

クラーケンは「実在したUMA」なのか

「伝説の正体がダイオウイカだった」とまとめると分かりやすい反面、異なる問いが一つに重なってしまいます。巨大なイカが実在するか、イカが伝説の形成に影響したか、伝説どおりの怪物が存在するかは、それぞれ別の問いです。

標本や観測は最初の問いに具体的な証拠を与えます。遺骸や図像の研究は、二番目の問いを考える材料になります。しかし、それらをそのまま三番目の答えにはできません。クラーケンは伝承上の存在として、ダイオウイカは確認された動物として扱うと、どちらの面白さも損なわずに読めます。

怪異としての魅力は、海面の下に何があるか見通せないことにあります。一本の腕から全体を想像し、広い海を一匹の身体に置き換えてしまう。クラーケンは、深海の生物への関心と、海で暮らしてきた人間の想像力が重なる場所にいる怪物なのです。

関連する怪異

  • ダゴン:海底の風景と巨大な存在を描く怪奇小説を、原典から読む。
  • クトゥルフ:海と巨大な身体が結び付く文学上の存在。クラーケンと同一の怪物ではない。

参考資料

  1. Natural History Museum, “Sea monsters and their inspiration: Serpents, mermaids, the kraken and more”。クラーケンの概要と専門家による頭足類との関係の説明。
  2. Salvador & Tomotani, “The Kraken: when myth encounters science”(2014年)。伝承・図像と生物研究を整理した論文。
  3. Natural History Museum, “Giant squid: from the deep sea to display”。所蔵標本の来歴と保存。
  4. 国立科学博物館「ダイオウイカ ― 深海のミステリー」。2004年の撮影と摂餌行動の解説。
  5. 国立科学博物館「深海展のみどころ紹介」(2013年)。2012年の深海動画撮影の紹介。

冒頭画像は伝承をもとにした想像図です。実際の動物の大きさや行動を再現した記録画像ではありません。

タイトルとURLをコピーしました