『デュラララ!!』で池袋を走る首なしライダー、セルティ・ストゥルルソン。その名を入口にデュラハンを調べると、アイルランドの伝承集には、白馬に乗る騎手や墓地へ向かう女性、死を知らせる黒い馬車が現れます。

本記事では、まず公式資料でセルティの設定を確認し、クローカーとイェイツが紹介した古い物語へ戻ります。頭がないという共通点に加え、頭を持ち歩くのか、失って探しているのか、人間に何をもたらすのかを比べてみましょう。伝承と作品の一部の結末に触れます。
『デュラララ!!』のセルティでは何が変わる?
現代作品の例が、『デュラララ!!』のセルティ・ストゥルルソンです。TVアニメ『デュラララ!!×2』の公式キャラクター紹介は、彼女を池袋に出没する首なしライダーと説明しています。元はアイルランドに暮らしており、失った自分の首を探して日本へ来たこと、使い魔のコシュタ・バワーを相棒とすることが示されています。
さらに公式の第1期振り返りでは、セルティを妖精デュラハンと明記し、首を奪われた出来事を紹介しています。首と体が分かれているという特徴が、現代の都市で自分の首を探す人物の物語へと展開されています。
クローカーの騎手は自分の頭を脇に抱えていましたが、セルティはそれを失った状態から物語を始めます。頭の不在が、見る者を驚かせる外見であると同時に、本人の行動の理由になっている点が興味深いところです。池袋での暮らしや使い魔との関係は、この作品の設定として読むことで、古い伝承とのつながりも変化もはっきりします。
伝承を読むための資料と注意点
クローカーの本は19世紀に編まれた伝承集、イェイツの本は物語と妖精の分類を含む編著です。採集・編集された文章は、その時代に伝承がどう語られ、紹介されたかを知る手がかりになります。怪異の実在や、作中の出来事が史実であることを証明する資料ではありません。アニメ公式の説明はセルティという作品内人物の設定を確かめる資料として使います。
デュラハンとは?首のない怪異のさまざまな姿
T・クロフトン・クローカーの『Fairy Legends and Traditions of the South of Ireland』には、「The Dullahan」という部があります。本記事で参照するのは、Project Gutenbergで公開されている1844年フィラデルフィア版です。この部には「The Good Woman」「Hanlon’s Mill」「The Death Coach」「The Headless Horseman」が並びます。クローカーの原文を読むと、デュラハンという題のもとに複数の物語がまとめられていることがわかります。
「The Good Woman」では、男が道で出会った女性を馬の後ろに乗せます。彼女は言葉を発せず、やがて教会の墓地へと去っていく。追いかけた男が抱きつこうとして、初めて相手に頭がないことに気づくという話です。本文はこの女性もDullahanと呼んでいます。
つまり、この伝承集の範囲でも、デュラハンを男性の騎手だけに限定することはできません。人らしい姿をしているのに、そこにあるはずの頭がない。その発見が、見知らぬ同行者を突然恐ろしい存在に変えます。
白馬と赤い上着。「首なし騎手」の意外な外見
同書の「The Headless Horseman」の主人公は、馬に乗る腕に自信のあるチャーリー・カルネーンです。酒を飲んで帰る雨の夜、ブラックウォーター川沿いを進む彼のそばに、不思議な白馬の頭が現れます。頭だけが先に進み、その後ろには頭を欠いた馬の体と、大柄な乗り手が続いていました。
乗り手が着ているのは緋色の狩猟用の上着です。肩の上に顔はありませんが、右の脇に抱えた頭から声が聞こえてきます。その顔は青白く、目は火のように光り、口は両耳へ届くほど大きい。馬の頭まで体から離れて進むので、暗い道には、人と馬のそれぞれの頭と体が別々に動く光景が浮かびます。
この一編では、馬は白く、騎手は赤い上着を着ています。少なくとも、すべてのデュラハンが黒馬に乗り、金属の鎧に身を包むという説明にはなりません。外見を思い描くときも、どの話の姿なのかを添えると、伝承の細部を楽しめます。
出会ったら死ぬ?チャーリーと騎手の競走
チャーリーは初めこそ怖がりますが、相手が危害を加えようとしていないと気づき、話しかけます。乗り方や服を褒めても返事はそっけないのに、馬を褒めると会話が動き出す。やがて二人は、溝や石壁を越える競走を始めます。
騎手はチャーリーの勇気と腕を認め、自分と馬は百年前、この土地で首を折ったのだと語ります。それ以来、一緒に走る勇気のある人間を探していたというのです。そして今後もチャーリーとその馬を見捨てないと告げ、姿を消します。帰宅したチャーリーの話を周囲は酒のせいだと受け取りますが、後の勝負で彼の馬は勝利します。
ここには、怪異との遭遇を命取りの出来事として終わらせない面白さがあります。首のない相手と共通の話題を見つけ、馬乗りの腕を認め合う。恐怖とユーモアが隣り合う物語です。騎手の言葉や勝負の結果は、あくまでこの伝承集の物語として読む必要があります。
また、騎手はチャーリーの名を呼びますが、それで彼が死ぬわけではありません。この筋を踏まえると、「名前を呼ばれた者は必ず即死する」という規則を、デュラハン全体の共通設定にするのは慎重であるべきでしょう。
黒い馬車が家の前に止まるとき
一方、W・B・イェイツ編『Irish Fairy Tales』(1892年)の付録「Classification of Irish Fairies」は、デュラハンを単独で現れる妖精の一種に数えています。ここでは頭がない、または頭を脇に抱えており、首なし馬の引く黒い馬車を操る姿が説明されています。イェイツの分類と記述では、この馬車が止まる家にとって、それは死の前兆だとされています。
馬車の名は同書でcoach-a-bowerと表記されます。扉を開けた人の顔に血が投げつけられるという、不穏な細部もあります。イェイツは、明け方のスライゴで馬車を見たと信じる船乗りから話を聞いた、と記しています。これはイェイツが伝える証言であり、本記事が現地で聞き取った話ではありません。
大切なのは、馬車が止まる家に死が近づいているという前兆の働きです。騎手との競走の話とは、怪異と人間の関わり方が違います。ひとつの名前のもとに、同行者としての怪異と、家へ訪れる死のしるしが共存しているのです。
同じアイルランドのバンシーの伝承を併せて読むと、死を知らせる声と、家へ近づく馬車を比較できます。死を予告する役割と、遭遇した人を直接殺す能力は、分けて考えると筋が見えやすくなります。
似た姿を比べながら、物語ごとの役割を読む
頭と体が離れる怪異なら、日本の小泉八雲『怪談』のろくろ首も比較の入り口になります。ただし、形が似ていることだけで同じ起源を持つとはいえません。頭はどこへ行くのか、体は何をしているのか、出会った人間はどう行動するのか。そうした違いに注目すると、同じ「首がない」という印象の中にも別々の怖さが見えてきます。
デュラハンの魅力も、その幅にあります。墓地へ去る女性、白馬に乗って競走する騎手、黒い馬車を操る死の前触れ。そして現代作品では、自分の首を探すライダーになる。出典ごとの姿をたどるほど、ひとつの怪物像だけでは収まらない、奇妙で豊かな物語が広がっていきます。
出典・参考資料
- TVアニメ『デュラララ!!×2』公式キャラクター紹介。セルティの出身、首の探索、使い魔の設定を確認する作品公式資料。
- 同第1期振り返り・メインキャラクター行動履歴。セルティがデュラハンであることと、首を奪われた経緯の確認。出典は電撃文庫編集部編『デュラララ!!ノ全テ』と明記されています。
- T. Crofton Croker, Fairy Legends and Traditions of the South of Ireland, Philadelphia: Lea and Blanchard, 1844, “The Dullahan” 部、とくに “The Good Woman” と “The Headless Horseman”。Project Gutenberg公開本文。伝承集の物語を要約し、外見や筋の違いを比較しました。
- W. B. Yeats 編, Irish Fairy Tales, 1892, Appendix “Classification of Irish Fairies”, “The Dullahan”。編者による分類・紹介文。黒い馬車と死の前兆、伝聞の出所を確認しました。


