マーテンス家の怪物とは?『潜み棲む恐怖』の姿・地下道・雷との関係

古い煙突の下の通路に現れた、白っぽい毛と黄色い牙、青と茶の目を持つマーテンス家の怪物のイメージイラスト クトゥルフ神話・怪奇文学
マーテンス家の怪物のイメージイラスト。

マーテンス家の怪物は、H・P・ラヴクラフトの『潜み棲む恐怖』(The Lurking Fear)に登場する、山の地下に潜む群れです。古い屋敷の幽霊と思われたものの正体は、白っぽい体毛、鋭い黄色の牙、左右で色の違う目を持つ、猿に似た生き物でした。

本記事では「マーテンス家の怪物」を、この作品の存在を指す説明的な呼称として用います。単独の神格や正式な生物学上の種名ではありません。原典の結末に触れながら、姿、移動経路、雷との関係、家の歴史が正体の発見へつながる仕組みを整理します。

最初は一体の怪物、あるいは幽霊と考えられていた

舞台のテンペスト山では、放棄されたマーテンス邸と周辺の不審な死が結び付けられています。地元の話は一致せず、蛇、巨人、蝙蝠、鳥など、さまざまなものにたとえられます。雷が怪物を呼ぶとも、雷そのものが怪物の声だとも語られます。

調査する語り手も、初めから答えを知っているわけではありません。屋敷で見た異様な影や、襲撃後に痕跡が乏しいことから、実体を持たない存在ではないかと考え、やがて殺された一族の人物、ヤン・マーテンスの幽霊を疑います。

しかし、これらは物語の途中に現れる仮説です。噂に翼や触手を思わせる言葉があっても、最後に確認される生き物へ、そのすべての器官を付け足すことはできません。正体が分かった後で読み返すと、最初の説明の多くが、情報不足から生まれていたと分かります。

姿――白っぽい毛、黄色い牙、猿に似た身体

終盤、地下から現れる群れが個々の身体として見えるようになると、語り手は小柄で毛深い、猿を思わせる存在として描きます。最後に近くで確認した一体は、白っぽく、もつれた毛と鋭い黄色の牙を備え、ゴリラに似たものと表現されます。

それ以前の地下道での遭遇では、光を返す二つの目と爪しか見えません。屋敷で胸に乗せられたものも、腕なのか前肢なのか、語り手には確かめられませんでした。断片的な接触が積み重なった後で、ようやく猿に似た身体の輪郭が示されます。

「猿に似ている」「ゴリラを思わせる」という比喩は、現実の類人猿と同じ種だとする説明ではありません。体長や体重、歯の本数、平均寿命などの数値も示されていません。記事や図像で補う場合には、原典の記載と想像による部分を分ける必要があります。

また、群れが流れ出す様子は、粘液や洪水を思わせる言葉で表現されますが、個々の身体が液体でできているという意味ではありません。多数の生き物が一度に動く様子を、一つの不気味な流れとして見せる比喩です。

左右で違う目の色が、正体を明かす

近くで見た個体は、一方の目が青く、もう一方が茶色でした。これは、かつてマーテンス家の人々にあったと記録される特徴と一致します。語り手はそこで、消えた一家と、地下の生き物のつながりを理解します。

目の色は、未知の怪物を怖がらせる装飾だけではありません。前半の家の歴史、地下道で見た目への曖昧な既視感、最後の観察を結び付ける、物語上の識別の手掛かりになっています。

現実には、左右の目の色の違いが危険な性質や怪物性を意味することはありません。この作品では、家族関係を読者へ気付かせるための創作上の印として使われています。外見の特徴と、人間の価値や性格の判断を結び付けない読み方が必要です。

地下道――遠くの襲撃を可能にする隠れた経路

語り手は墓の下から、人が身体をくねらせて進める程度の狭い横穴へ落ち込みます。さらに、山のあちこちにある低い盛り上がりが、屋敷のある山頂を中心に広がるように配置されていることへ気付きます。

地形だと思っていたものの下には、同じような通路がありました。屋敷の地下室では、古い煙突の根元に穴が見つかります。地上の屋敷を調べても姿が見つからなかった理由が、地面の下の広がりによって説明されていきます。

この仕組みが分かると、草地を通った跡がないことや、屋敷から離れた地点でも被害が起きることを、瞬間移動のような能力で説明する必要がなくなります。人間が見ていた移動経路の想定そのものが、地上に偏っていたのです。

ただし、作中で通路網の全体が地図にされるわけではありません。どこまで続くのか、どれだけ分岐しているのか、すべてを語り手が確認したわけではないという余白が、最後まで残ります。

一体ではなく群れ――数が変える恐怖

語り手が地下道で一体に遭遇したのと同じころ、遠くの集落でも別のものが襲撃していたと分かります。この同時性によって、どれほど速い単独の怪物なのかという問いが、そもそも何体いるのかという問いに変わります。

最終的に屋敷の地下から現れるのは、途切れずに流れ出す多数の生き物です。語り手は何千もいるはずだと感じますが、正確に数えた記録ではありません。紹介するなら、大群であり、目撃者が非常に多いと受け止めたことまでが確かな範囲です。

屋敷で最初に調査した夜、両側の仲間が消え、中央の語り手が残されたことも、相手を一体と考えると不可解でした。群れの存在は、離れた事件だけでなく、その最初の違和感にも別の見方を与えます。

本記事の読みとして、ここでの恐怖は、一体の強さが増すことではありません。家の地下に隠れた一匹を探しているつもりが、山そのものに多数の住処と道があると分かる。調査していた対象の規模が、後から大きく変わることにあります。

雷への反応――呼び出されるだけではない

雷雨と襲撃の結び付きは、地域の噂だけでなく、語り手が繰り返し経験する状況にも現れます。終盤、雷鳴が近づく中で地下の穴から群れが出てくる場面は、その関連を強く印象付けます。

一方、強烈な落雷は、語り手が助かるきっかけにもなります。屋敷での遭遇では光と衝撃が割り込み、地下道では雷が上の土を崩し、語り手が地表へ出る結果になります。雷は怪物の味方としてだけ働くのではありません。

したがって、雷を自由に操る、落雷を武器として発射する、といった能力を原典から導くことはできません。雷雨に強く反応するという描写と、雷を支配する力とは違います。

冬には一般に静かだという情報もありますが、これは調査中に共有される話です。決まった日から冬眠する、ある温度で必ず活動が止まる、といった詳細な季節行動までは示されていません。

捕食と身体の弱さ

この群れは人間や動物を襲うだけでなく、弱い仲間を食べる様子も描かれます。群れが出てくる場面では、一体が別の個体を襲い、その後に残りを拾うものも現れます。協力して暮らす共同体としてだけ捉えることはできません。

一方で、無傷であらゆる危険を通り抜ける存在でもありません。作中では火災や地下の崩壊によって個体が失われたと考えられ、語り手は最後の一体を銃で撃ち、その身体を確認します。少なくとも、不可視の幽霊として物理的な力を受け付けないものではありません。

個体を倒せることと、群れ全体の安全が確認できることは別です。終盤の語り手は屋敷や通路へ対処しますが、それで完全にいなくなったのかという不安を捨てきれません。生息範囲が分からないという問題が、個々の身体の強さ以上に残ります。

マーテンス家の歴史と、創作上の「退化」

家の来歴では、最初の屋敷はゲリット・マーテンスによって建てられ、その子孫は外部との接触を減らしていったとされます。雷を避けるための地下室も設けられ、家族の暮らしと山の環境が結び付いていきます。

やがて家の明かりが見えなくなり、後に訪れた人々は屋敷が空になっていると判断します。しかし最後の発見によって、消えたと思われた一家が、別の姿で地下に存続していたという理解へ変わります。

原作はこれを、閉鎖的な血縁、増殖、共食いなどと結び付けた「退化」の恐怖として語ります。この筋立てには、血統や隔離された集団を不気味なものとする偏見が含まれます。現実の集団がそのように猿状の怪物へ変わるという生物学的説明ではありません。

また、襲われる側の山の住民と、地下の捕食者をひとまとめにしてはいけません。住民は被害を受け、調査にも協力します。語り手が住民に向ける侮蔑的な評価を、そのまま本記事の評価として引き継がず、作品内の語り方として区別します。

ほかの地下の怪異と比べると

地下に棲み、人間の世界と接する点では、ピックマンの作品に描かれる食屍鬼とも比較できます。ただし、マーテンス家の怪物には、一家の来歴と左右の目の色が正体を結び付ける固有の仕組みがあります。見た目や住処が似ていても、同じ種族とは説明できません。

また、ガストのような地下の生物とも、登場作品や姿、行動の条件が異なります。暗所にいるという共通点だけで、片方の生態や弱点をもう片方へ移さないことが、怪異図鑑として整理する際の基本になります。

本記事の解釈では、この怪物の特徴は、最後まで未知の宇宙へ押し出されることではなく、人間の家族の歴史へ引き戻されることにあります。屋敷、墓、地形、目の色が結び付き、怪物の居場所が分かるほど、足元の地面を信用できなくなるのです。

専用画像は、白っぽい毛、黄色い牙、青と茶の目、煙突の下の通路という記述をもとにした想像図です。個体の細かな体形、表情、地下室の構図は補ったもので、公式設定画や実在の生物の記録ではありません。

参照した原典

H. P. Lovecraft, The Lurking Fear(The H. P. Lovecraft Archive掲載原文)。第I章の屋敷での遭遇、第II章の調査と雷雨、第III章の家の歴史と地下道、第IV章の群れと目の色による正体の発見を参照し、独自の文章でまとめました。後世の作品やTRPGが与えた分類・能力値は含めていません。

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