無名都市とは?ラヴクラフトの原典から住人・壁画・地下の門と結末を読む

低い地下回廊の門を通り、青白い光の中へ進む爬虫類のような群れを描いた無名都市のイメージ クトゥルフ神話・怪奇文学
ラヴクラフト『無名都市』に着想を得たイメージです。住人の姿、壁画や門の装飾は想像による表現で、原文の場面や実在の遺跡を正確に再現したものではありません。

砂に埋もれた廃墟を調べると、建物も祭壇も、地下へ続く通路も奇妙に低い。そこに暮らしていたのは、本当に人間だったのでしょうか。ラヴクラフトの短編『無名都市』は、遺跡を読み解こうとする探索者が、自分の思い込みに追い詰められていく物語です。

本記事では英語原文 “The Nameless City” をもとに、都市の住人、壁画、地下の門、結末を紹介します。これは作品に登場する架空の都市と怪異の解説であり、実在する遺跡や民族の歴史として扱うものではありません。物語の結末に触れます。

無名都市とは?名前さえ伝わらない砂漠の遺跡

舞台は、原文でアラビアの砂漠とされる場所です。都市の壁は砂に埋もれ、その名や栄えた時代を語れるほど古い伝説も残っていない、と説明されます。周囲の人々が避けるその場所へ、語り手はラクダを連れて一人で向かいます。

The H. P. Lovecraft Archiveの書誌情報では、作品の初出は雑誌『The Wolverine』第11号、1921年11月です。本記事で扱うのはこの短編の記述で、後世のゲームや別作品における都市の設定は加えていません。

冒頭には詩人アブドゥル・アルハザードの名と、死と長い時間に関する二行詩が出てきます。ただし、この短編に『ネクロノミコン』という書名が登場するわけではありません。関連する名前を見つけても、別作品の情報まで一緒に読み込まないことが大切です。

あらすじ:不自然な風を追って地下へ

語り手は地上の建物跡を掘り、やがて低い崖に彫られた神殿の入口を見つけます。中には祭壇や柱があるものの、どれも不思議なほど低く、人間が立って歩くには窮屈です。最初の部屋では、膝をついてようやく身体を起こせるほどでした。

もう一つ気になるのが、日の出や日没のころに遺跡の周辺だけで起こる風です。砂が巻き上がっているのに、崖の上や周囲の砂漠は静かなまま。その風の出どころをたどると、一つの神殿の暗い入口に行き着きます。

風が収まると、彼は神殿に入り、岩を切り抜いた小さな戸口の先に、急な下り階段を発見します。階段も通路も狭く低く、途中では膝をつくことさえできません。松明が消えても探索を続けた彼は、深い地下の回廊にたどり着きます。

ガラスの箱に収められた、爬虫類に似た住人

回廊には木とガラスで作られた箱が並び、中には奇妙な生き物のミイラが収められています。語り手は、その体つきをワニやアザラシなどにたとえますが、既知の動物にうまく当てはめることはできません。前脚の先には、人間の手や指を思わせる器用そうな部分があります。

頭には角や大きく張り出した額、ワニに似た顎などの特徴があり、豪華な衣装や装飾品をまとっています。彼はいったん人工の偶像ではないかと疑い、その後、かつて生きていた生物の遺体だと考えます。ここも第三者の鑑定結果ではなく、探索中の語り手の判断です。

原文は彼らを爬虫類に似た存在として描きますが、この場面で固有の種族名を与えてはいません。他の神話作品に登場する「蛇人間」などの名前に、説明なしで置き換えると、原典の記述と後世の整理が混ざってしまいます。

壁画を「人間の歴史のたとえ」と読む危うさ

地下の壁画にも、箱の中の生き物と同じ姿が繰り返し描かれています。そこには都市や庭園、戦い、環境の変化、地下への移動を示すような場面が続きます。語り手はそれを、かつて海辺に栄えた都市が、海の後退と砂漠の広がりに追われた歴史として読み取ります。

しかし彼は長い間、描かれた爬虫類は人間を象徴する図柄なのだ、と考え続けます。人間が動物を紋章や信仰の対象として用いるように、この都市の人々も自分たちを爬虫類の姿で表したのだろう、という解釈です。

そこで引っかかるのが、探索の初めから繰り返されてきた建物の寸法です。壁画の都市は爬虫類の体に合うように描かれ、実際の神殿も地下の回廊も低い。儀式のために低くしたのだと説明しても、移動するだけの通路まで人間には窮屈な理由が残ります。

最後の方の壁画には、人間が襲われる場面があります。語り手は、その人間以外には、遺物や絵の中に人間の姿がないことに気付きます。読者にとっても、「人が造った都市」という前提を疑う決定的な手掛かりになるところです。

結末:光る深淵と、夜風の中の群れ

回廊の先には大きな真鍮の門が開き、その向こうには一様な光と霧に満ちた広大な空間が広がっています。小さな階段が下へ続いていますが、先は霧に隠れて見えません。語り手は門のそばで身体を休め、壁画と建物の不一致を考えます。

日の出が近づくと、地上の方からうなり声と冷たい風が押し寄せます。彼は、夕方に外へ吹いた風が地下へ戻っているのだと考えますが、その勢いは身体を門の向こうへ押し流しそうになるほど強まります。

振り返った彼が、深淵の光を背景に見るのは、半ば透き通った異様な群れです。その姿は、回廊の遺体や壁画に見た爬虫類の住人たちと重なります。最後の一体の後ろで真鍮の門が閉まり、金属の響きが地上へ伝わり、彼は暗闇に取り残されます。

ここで注意したいのは、脱出の手順が説明されていないことです。語り手は回想の中で、生に戻ったことと、今も夜風におびえることを述べますが、どの階段を上り、誰に助けられたかは明かしません。救助者や脱出経路を補うと、本文にない展開になります。

住人は幽霊なのか、今も生きているのか

終盤の半透明の群れと、長い年月にわたる憎悪を感じさせる描写は、亡霊として読む手掛かりになります。一方で、作品は彼らの状態を、生物図鑑のような定義や分類で説明してはいません。「幽霊のように現れる」と述べることと、その仕組みや不死の能力を確定することは別です。

また、冒頭の詩や壁画の大きな時間の尺度は、この作品の恐怖を支える表現です。現実の生物史・地質史を証明する資料ではありません。都市の位置も、実在の観光地にそのまま対応させられるような説明にはなっていません。

読みどころ:怪物を見る前に、身体が答えを知っている

ここからは本記事の考察です。『無名都市』で巧みなのは、語り手が頭では「人間の都市」と考えている間にも、その身体は何度も不都合を感じていることです。立てない、膝をつけない、這って進むしかない。低い天井は雰囲気づくりだけでなく、住人の正体を示す具体的な証拠として働きます。

壁画や遺体のような分かりやすい手掛かりがそろっても、語り手は自分に馴染みのある人間の歴史へ読み替えようとします。その解釈が崩れたとき、遺跡は「失われた私たちの過去」から、人間を中心に置かない世界の痕跡へ変わります。

原典を読むときは、入口・祭壇・階段・回廊の高さに注目すると、最後の群れが突然付け足された怪物ではないことが分かります。日の出と日没の風、金属の響きが、冒頭と結末をつなぐ構成にも目を向けてみてください。

人間以外の営みを遺物から感じ取る作品としては、当サイトの『ダゴン』の記事も読み比べられます。また、海底の都市を扱う『クトゥルフの呼び声』の記事とは、都市の描き方や証拠の集め方が異なります。無名都市とルルイエを同一の場所として扱わず、それぞれの原典をたどるのがおすすめです。

参考資料

H. P. Lovecraft, “The Nameless City” — The H. P. Lovecraft Archive(英語原文):都市・住人・壁画・結末の描写を確認。現代の日本語訳を転載せず、独自に要約・考察しています。

The H. P. Lovecraft Archive, “The Nameless City”書誌情報:初出誌・刊行年月を確認。

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