送り犬(おくりいぬ)は、夜道を行く人の後をついてくると伝えられる、犬や狼のような怪異です。アニメ『かくりよの宿飯』のノブナガや、ゲーム『仁王2』の守護霊で名前を知った人もいるでしょう。作品では親しい仲間や守り手になりますが、各地の伝承を読むと、人を助ける面と、転倒をきっかけに襲うと恐れられる面が隣り合っています。
夜道を歩いていると、山の獣が後をつけてくる。逃げ切ったつもりで店を出ても、また傍らにいる。ところが家に着き、ねぎらって品物を渡すと去っていく。送り犬は、人を襲うかもしれない怖さと、帰り道を共にする頼もしさが重なった怪異です。
近い伝承には「送り狼」「山犬」という呼び名もあります。ただし、どの土地でも同じ姿、同じ禁忌を持つわけではありません。本記事では、大学が公開する採話本文と、国際日本文化研究センターの「怪異・妖怪伝承データベース」に収められた文献の要約を区別しながら、その違いをたどります。

アニメ・ゲーム・小説に登場する送り犬と送り狼
まずは作品からの入口を見てみましょう。以下は公式サイト、発売元、著者の紹介で確認した例です。キャラクターの設定と、後で紹介する地域の伝承は分けて扱います。物語の結末や謎解きの核心には触れません。
『かくりよの宿飯』ノブナガ:宿で働く送り犬
TVアニメ『かくりよの宿飯』のノブナガは、折尾屋の看板犬であり宣伝部長です。公式紹介では、現世で乱丸と出会った犬が、長い年月を経て送り犬になったと説明されています。従業員から敬われる、宿の古参という立場も特徴です。参照:TVアニメ公式キャラクター紹介「ノブナガ」
夜道で人を送り届ける地域の話と比べると、この作品では、送り犬が宿での暮らしや仕事の中に居場所を持っています。人のそばにいる親しさを味わえる一方、犬が年を経て送り犬になるという来歴は作品固有の設定として読むのがよいでしょう。ここで紹介する民俗資料すべてに共通する成り立ちではありません。
『仁王2』:前田利家の守護霊
『仁王2』の公式キャラクター紹介では、前田利家の守護霊が送り犬とされています。伝承にも、人をほかの狼から守る送り狼の話があるため、「恐ろしい獣が助け手にもなる」という点を比べられます。参照:『仁王2』公式「前田利家」
ただし、ゲーム内の守護霊と民俗資料の送り狼を、そのまま同じ存在や一続きの設定として結び付けることはできません。前田利家との関係も、このページではゲームの設定として紹介しています。史実として利家に送り犬が付いていたことを示す資料ではありません。
ホラーゲーム『送り犬』:分岐する物語への入口
『送り犬』という題名のホラーゲームもあります。株式会社シャノンの公式ブログで飯島多紀哉は、同人PC作品からアプリ、Nintendo Switchへと展開した経緯と、物語が複数のルートに分かれる作りを紹介しています。発売元のメビウスも、Nintendo Switch向けのホラーアドベンチャーとして案内しています。参照:飯島多紀哉による公式解説/発売元の発表
一つの土地に残る短い語りと、選択によって展開が変わるゲームでは、物語のたどり方が変わります。本記事では作品名と形式を入口にとどめ、ゲーム内の約束や結末を、昔から全国共通だった送り犬のルールとして紹介することはしません。リンク先のセール告知は過去の情報です。
小説『絶対城先輩の妖怪学講座 九』:伝承を謎として読む
峰守ひろかずの『絶対城先輩の妖怪学講座 九』は、送り狼の話を含む小説です。著者の自著紹介で登場が確認でき、シリーズ全体は、妖怪伝承の謎や事件を追うSF伝奇ミステリーと説明されています。参照:著者によるシリーズ・各巻紹介/KADOKAWAの第九巻紹介
伝承を読むときには、語り手が何を伝えたかに注目できます。ミステリーでは、怪異の話がどんな謎として組み立てられるかにも目が向きます。ここでは作中の正体や仕掛けは説明せず、「送り狼を謎解きの題材として読む」ための入口として紹介します。
こうした比較は、作品がどの地方の話を直接もとにしたかを特定するものではありません。同じ名の怪異が、宿の仲間、守護霊、ホラーや謎解きの題材として、どのような役割を与えられているかを見る読み方です。
送り犬とはどんな怪異か
送り犬を知る手がかりは、外見よりも行動にあります。人の歩みに伴い、家や里の近くまでついてくること。転倒すると危害を加えると恐れられること。そして、到着後の挨拶や贈り物によって別れること。今回確認した記録では、これらの要素が異なる組み合わせで現れます。
一方、毛色、体長、目の色などを共通の特徴として決めることはできません。また「犬」と書かれているから現代の飼い犬そのもの、「狼」とあるから動物学的な種類まで確定できる、とも限りません。まず各資料がどんな名で呼び、何をしたと伝えているかを読む必要があります。
岐阜の送り犬:酒店に逃れても終わらない
林魁一「飛騨国朝日高根旅行記」(『民族学研究』1936年)に由来する日文研のカードには、老夫婦が伝えた上ヶ洞の話が紹介されています。夜の山道で山犬についてこられた人が、不気味さに耐えかねて酒店へ入ります。姿が消えたので外へ出ると、再び山犬が現れました。
家まで帰った人は、戸口に塩を置き、労をねぎらって帰るよう告げます。そこでようやく山犬は去ります。同じ記録には、送られる途中で倒れると害を受けるという恐れも記されています。店という一時的な避難先では終わらず、自宅での別れの作法まで続く点が印象的です。ここでの塩を、あらゆる妖怪に通じる退治道具と読み替える必要はありません。出典:日文研「送り犬」
転んだらどうする?山梨の休息の言葉
土橋里木「狼が田植えした話」(『甲斐路』73号、1992年)に由来する山梨県の記録では、送り狼は別の狼の群れから人を守る存在でもあります。袖をくわえて物陰へ導き、危険を避けさせるのです。家へ着けば、挨拶と飯や魚を受けて山へ戻ります。
しかし、その助け手も、人が転ぶと襲いかかるとされます。そのとき必要なのは、ひと休みをするのだと声に出すことでした。体勢を崩した失敗を、意図して休んだ動作として示すわけです。守ってくれる獣と襲う獣が別々なのではなく、一つの記録の中に両方の顔があります。これは伝承上の対処であり、現実の野生動物への安全策ではありません。出典:日文研「送り狼,山犬」
兵庫のお礼は握り飯と片方の草鞋
栗山一夫「下里村の民譚」(『旅と伝説』1930年)の記録では、夜道の送り狼はすぐに襲ってはこないものの、転ぶと命を奪うといわれます。無事に家へ着いた人が渡すのは、握り飯一つと片方の草鞋です。狼は飯を食べ、草鞋をくわえて帰っていきます。
食べる品と持ち帰る品を分けているのが、この話の具体的なところです。岐阜の塩と同じく、別れの場面に贈り物が置かれていますが、品物は一致しません。「送り犬には必ず塩を与える」「必ず草鞋を投げる」と一つにまとめると、土地ごとの語りが見えなくなります。出典:日文研「送り狼」
鳥取では千匹狼から神主を救う
國學院大學民俗学研究会『民俗採訪』昭和44年度号に由来する鳥取県岩美町の話では、送り狼が神主の袖を急に引きます。導かれるまま山の頂へ行くと、狼は穴を掘り、その中に神主を入れました。その後、街道を千匹狼の行列が通り過ぎ、神主は難を逃れます。
袖を引く行動だけを見れば、連れ去りにも思えます。しかし結末から振り返ると、それは救出でした。人にとって恐ろしい狼の群れと、その危険を先に知る一匹の狼が対照をなしています。この記録を読む限りでは、送り狼を「隙を狙うだけの怪物」と説明することはできません。出典:日文研「送り狼,千匹狼」
置賜の採話本文:荷物を軽くする恩返し
東北文教大学附属図書館が公開する『置賜平野の昔話2』には、鈴木よし江が語った「送り狼」の本文があります。老人がまだ暗い朝に草刈りへ出ると、杉林のあたりで狼が骨を引っかけて困っていました。老人が鎌で骨を取ってやると、狼は喜んで帰ります。
その後、老人が外出先から包みを持って帰る道中で、荷がふっと軽くなり、家へ着くと元の重さに戻るようになります。語りは、それを狼が恩返しに送ってくれるためだと説明します。ここでは転倒の試練も、到着後に渡す塩も語られません。送りの理由は、先に人がした親切にあるのです。出典:採話本文「送り狼」
本文の終わりには、実際にあった出来事だとする語り手の言葉も残っています。それは話の伝えられ方を知る大切な部分ですが、現在の調査によって出来事が実証されたという意味ではありません。大学の解題では、鈴木よし江が米沢市窪田町の語り手で、この集にその話を収めた経緯を確認できます。出典:『置賜平野の昔話』解題
送られない夜のほうが心細い
『群馬県史 資料編27 民俗3』に由来する藤岡市の記録には、さらに親しい距離感が残ります。話者の曽祖父が帰る道で、山犬は道へ姿を出さず、上方の下草を鳴らしてついてきました。つまずけば噛まれるとされながらも、無事に着いてねぎらうと帰り、送られないほうが心細かったと伝えられます。出典:日文研「山犬」
この結びは、恐怖と安心がきれいに分かれないことを教えてくれます。怖い相手だから遠ざかってほしいはずなのに、気配がなければ寂しい。夜道を共にする相手として語られている点に、送り犬の奥行きがあります。
伝承と事実を読み分ける
日文研のカードは、各地の文献を探し、内容を比較するための要約資料です。本記事で紹介した岐阜・山梨・兵庫・鳥取・群馬の話は、その要約で確認した範囲に基づきます。掲載年は記録が刊行された年であり、怪異が生まれた年でも、目撃が検証された年でもありません。
送り犬と送り狼の話を並べると、襲撃の禁忌、送り届ける役目、恩返しという違う筋が見えてきます。共通点を楽しみつつ、ある土地の作法を全国共通の設定にしないこと。それが、この獣の怖さと優しさをどちらも読み落とさない方法です。
伝承資料の案内
- 林魁一「飛騨国朝日高根旅行記」『民族学研究』2巻4号、1936年、該当箇所150〜151頁。
- 土橋里木「狼が田植えした話」『甲斐路』73号、1992年、該当箇所1〜2頁。
- 栗山一夫「下里村の民譚」『旅と伝説』3巻7号、1930年、該当箇所70頁。
- 國學院大學民俗学研究会「鳥取県岩美郡岩美町旧小田村」『民俗採訪』昭和44年度号、1970年、該当箇所57〜58頁。
- 『群馬県史 資料編27 民俗3』「群馬の世間話」、該当箇所939〜940頁。以上は本文中にリンクした日文研の書誌・要約を参照。
- 『置賜平野の昔話2』第10話「送り狼」、鈴木よし江の語り。東北文教大学附属図書館公開本文および解題を参照。
あわせて読みたい夜道の怪異
作品資料と画像について
- TVアニメ『かくりよの宿飯』公式キャラクター紹介:ノブナガの種別・来歴・役職の確認に使用。
- 『仁王2』公式「前田利家」:送り犬が守護霊であるという作品設定の確認に使用。
- 株式会社シャノン公式ブログの飯島多紀哉による『送り犬』解説、および株式会社メビウスの発表:作品の形式と展開の確認に使用。過去の価格・セールは現在の購入条件として紹介していません。
- 峰守ひろかずの自著紹介、およびKADOKAWAの『絶対城先輩の妖怪学講座 九』書誌:送り狼の話が含まれることと、作品の位置付けの確認に使用。
本文は資料をもとに独自に要約・解説しています。作品公式の画像や文章の長文転載は行っていません。作品の設定、採話として残された伝承、歴史上確認できる事実を区別し、伝承上の対処を現実の野生動物への安全策として勧めるものではありません。


