ブホールは、ラヴクラフトの作品で闇の谷や異星の地下に現れる巨大な存在です。本記事では、参照する英語原文の bhole、複数形 bholes に合わせ、この表記を用います。目や口の整った全身像よりも、骨の山を動く音、ぬめる身体との接触、地下から立ち上がる途方もない大きさによって描かれる怪異です。
『The Dream-Quest of Unknown Kadath』のプナスの谷と、ラヴクラフトとE・ホフマン・プライスの『Through the Gates of the Silver Key』に登場するヤディスを中心に整理します。作品の展開に触れます。
プナスの谷では、姿を見ないまま近づいてくる
『The Dream-Quest of Unknown Kadath』では、ナイトゴーントに運ばれたランドルフ・カーターが、地下深くの暗い谷に置き去りにされます。足元には幾重もの骨があり、周囲を見渡すことはできません。ここが、巨大なブホールが這い、穴を掘るプナスの谷です。
この場面では、ブホールは骨の山の中を動く音と、通り過ぎるときのぬめった感触によって知られるものだと説明されます。原典は、誰もその姿を見ていないという語り方で、外見を確定する手掛かりを遠ざけています。
ただし、見えない理由は、闇の中を這っているためです。身体が透明である、光を透過する、自由に不可視化できるといった能力がここで説明されているわけではありません。暗さによって姿をつかめないことと、透明な怪物であることは区別できます。
縄梯子を登っても届く、ぬめった長い身体
カーターは、谷の上方にいるグールへ助けを求め、縄梯子が下ろされるのを待ちます。その間にも骨の中から音が近づきます。梯子をつかんで登り始めても音は止まらず、下から梯子が揺さぶられます。
さらに登ったところで、大きく滑りやすい長いものが身体の側面に触れます。その表面はうねるにつれて膨らんだり窪んだりし、カーターは必死に上へ逃げます。ここでも、見えた顔や牙ではなく、接触する長さと動きが脅威になります。
原典に示される接触の高さから、その場の危険を想像することはできます。しかし、それは個体の全長を測った記録ではありません。地面からどれほどの部分を持ち上げていたのか、身体がどこまで続いていたのかは、カーターには見えていません。
本記事の読みでは、逃げ始めても安全な距離が分からないことが、この場面の怖さです。地面を離れれば届かないという人間の予想が、長くうねる身体との接触によって崩れます。
グールやナイトゴーントとの位置関係
プナスの谷には、グールが食事の残りを捨てる場所という性格もあります。骨が降ってくることが、カーターに崖の位置と救援を求める方向を教えます。周囲の生物の生活が、別の生物のいる谷と重なっています。
しかし、ここからブホールがグールの家畜である、ナイトゴーントの命令を聞くといった関係を読み足すことはできません。作中後半には、捕らえられた敵がブホールなどのいる深淵へ運ばれる場面もありますが、運び手と食べる側が同じ組織に属するという説明ではありません。
地底の生物を一つの勢力とみなすより、それぞれに異なる棲み処と行動があり、その関係をカーターたちが利用すると読む方が、場面の違いを保てます。
ヤディスでは、地下を脅かす巨大な存在として描かれる
『Through the Gates of the Silver Key』では、ヤディスの魔術師ズカウバが、地下の bholes を穴にとどめる呪文を編みます。原典では、白っぽく粘り気のある身体を持つ存在として記述され、惑星の内部に広がる通路での戦いにも触れられます。
この世界では、ブホールは一人の旅人を追うだけの怪異ではありません。街と知識を持つ住人たちが、対処し続けなければならない脅威です。防御のための魔術が仕事として必要なことから、文明とその地下の危険が隣り合っている様子がうかがえます。
ただし、物語は戦闘の記録や生態調査を詳しく並べているわけではありません。繁殖の仕方、寿命、社会性、種族全体の知性などは、この記述から確定できません。
未来の地表へ現れる身体の一部
カーターは、地球へ向かう準備の中で、ヤディスを遠い未来の時代へ移ることを計画します。その時代のヤディスは、ブホールが支配する死んだ世界になっているとされます。実際に移動した後、かつての建物は失われ、地表には巨大なものたちがいます。
その一つが数百フィートも身を起こし、白く粘り気のある先端を、カーターの乗る航行用の外殻へ向けます。カーターは用意した呪文によって妨げられずに離脱します。プナスの谷とは異なり、ここでは視覚的な手掛かりと規模が与えられます。
それでも、原典が見せるのは持ち上がった身体の一部です。大きな円形の口、何列もの牙、決まった数の目などを、この場面だけから全身図の確定事項として加えることはできません。
また、この脱出が成功したことは、誰でも使える安全な対処法を意味しません。カーターはヤディスの知識を使い、その出発の瞬間に備えて特別な準備をしています。物語内の一度の成功と、あらゆる個体に通用する弱点とは別です。
二作品で異なる、見せ方と分からなさ
プナスの谷では、どこにいるのか分からないまま接近し、触れたところだけが身体の存在を知らせます。ヤディスでは、巨大な身体の一端が見え、住人たちの文明を脅かす広がりが示されます。共通する綴りがあっても、それぞれの場面で読者に与えられる情報は同じではありません。
そのため、谷での「誰も見たことがない」という説明を、すべての世界と時代の全個体へ当てはめることは避けます。反対に、ヤディスの描写を使って、カーターがプナスで色や輪郭を確認したかのように要約することもできません。
また、二つの場所をどのように行き来したのかという移動経路は、ここで参照した原典では語られません。名前の共通性から、その間の歴史や繁殖経路まで作ることはできません。後の創作やTRPGの外見・能力を扱う場合も、別の資料に由来する情報として分ける必要があります。
ほかの地底の怪異と読み比べる
カーターをプナスへ運ぶナイトゴーントは、翼や尾などの特徴が描かれる存在です。その姿を知っていることと、運ばれた先にいるブホールの姿が分かることは別であり、場面が進むにつれて未知の種類が変わります。
また、救援に関わるグールは、不気味な存在であっても、カーターが意思を伝え、協力を求められる相手です。ブホールとの遭遇にはそのような対話がなく、音と動きに対して逃げる場面になります。
ブホールを捉える鍵は、細部まで完成された外見よりも、知覚できる範囲の外へ続く身体の大きさにあります。闇の中で触れる一部分と、異星の地表へ立ち上がる一部分。そのどちらも、まだ見えていない残りの規模を想像させます。
参照した原典
H. P. Lovecraft, The Dream-Quest of Unknown Kadath(The H. P. Lovecraft Archive掲載原文)。ナイトゴーントによる移送、プナスの谷、縄梯子での脱出、深淵への捕虜の移送を参照しました。
H. P. Lovecraft and E. Hoffmann Price, Through the Gates of the Silver Key(同掲載原文)。第V〜VI章のヤディスの地下の脅威、魔術師の役割、未来への移動と脱出を参照しました。両作品の bholes の記述を、独自の文章で比較しています。


