ヤディスの住人は、H・P・ラヴクラフトとE・ホフマン・プライスの『Through the Gates of the Silver Key』に登場する知的な異星の存在です。鉤爪とバクに似た吻を持ち、昆虫を思わせる関節のある身体で、金属の都市に暮らしています。
物語では、ランドルフ・カーターがその一人である魔術師ズカウバとしての自分に直面します。本記事では、住人たちの身体と文明、地下の脅威との戦い、ズカウバとカーターの関係を原典に沿って整理します。物語後半と結末に触れます。
バクのような吻と、昆虫に似た身体
ヤディスの住人は、鉤爪を持ち、顔にはバクを思わせる吻があります。身体の表面は皺が多く、部分的には鱗状です。関節の付き方は主に昆虫を思わせる一方、全体の輪郭には人間に似たところもあると描かれます。
これらは身近な生物を借りた比喩であり、地球のバクと昆虫の交雑種だという説明ではありません。どの部位を見ても、知っている動物の分類だけでは収まりきらない身体として示されます。
その身体は、単なる恐ろしい外見にとどまりません。人間の言葉を話すのに適さない発声器官や、人間の文字を書きにくい鉤爪など、日常的な動作の違いとしても物語に関わります。
五つの太陽の下にある金属の都市
カーターが望んだ世界には、色の異なる五つの太陽、黒い岩山、奇妙な金属の塔、浮かぶ円筒などがあります。到着後には、鉤爪と吻を持つ住人たちが行き交う、複雑な金属の街並みを歩きます。
ズカウバは街の小路から金属の壁を登って自室へ入り、石板を調べます。住人は野外に潜む獣ではなく、住まいを持ち、知識を記録し、判断のために文献を参照する存在です。
本記事の読みでは、未知の都市の景観よりも、その都市が住人にとって日常であることが重要です。人間から見れば不気味な壁や身体の使い方も、彼らには生活の一部です。異星の怪物を外から見るだけの場面ではなく、そこで暮らす側の感覚が入り込みます。
長い寿命と、遠い世界へ向かう技術
ヤディスの住人は長い周期を経てようやく死ぬとされ、人間には把握しにくい時間を生きます。ズカウバとカーターの葛藤も、地球の人間の日常を大きく超える長さに及びます。ただし、長寿であることと、不死であることは別です。
住人たちは、光線に関わる航行用の外殻を使って遠くの世界を訪れます。原典には、その手段で到達できる二十八の銀河や、多数の世界の知識を集めた図書館が語られます。金属の筒状の姿をした乗り物は、街に浮かぶ不思議な飾りではなく、外の世界との往来に関わります。
時間を越える移動には銀の鍵や魔術師の知る記号も使われます。宇宙航行と時間の移動を、すべて同じ装置の自動的な機能としてまとめることはできません。とくにカーターが地球への帰還のために立てる計画は、通常の旅の単純な延長ではないと描かれます。
地下の脅威と戦う魔術師たち
ヤディスの地下には、原文で bholes と呼ばれる巨大な生物がいます。ズカウバは、それらを地下の穴にとどめるための呪文を編む役割を持ちます。住人の魔術は、個人的な神秘探求だけでなく、自分たちの世界を守る働きにも結び付きます。
しかし、知識や魔術があるからといって、未来まで安全なわけではありません。カーターが目指す時代のヤディスは、地下の生物に支配された死んだ世界となります。高度な文明と、その文明を脅かすものが同時に存在しています。
このため、住人たちを宇宙のすべてを支配する万能の種族と見るのは適切ではありません。彼らには長い経験と広い知識がありますが、生活を維持するための仕事や、対処し続けなければならない危険があります。
ズカウバとカーターは、一つの身体でどう関わるのか
ヤディスへ来たカーターは、自分の身体が周囲の住人と同じ姿であることに気付きます。続いて、地球の人間ランドルフ・カーターの経験が、魔術師ズカウバの繰り返し見る夢であったかのような感覚に変わります。
やがて両者は、一つの存在に由来する異なる側面として、自分の中で対立します。人間のカーターは異星の身体を恐れ、ズカウバもまた地球の哺乳類であるカーターを嫌悪します。片方が常に本物で、もう片方が単なる幻だと簡単には片付けられません。
ここはヤディスの住人全員に、人間を乗っ取る能力があることを示す場面ではありません。カーターが銀の鍵と門を通り、自分の別の側面への接近を求めた結果として描かれる特殊な経験です。種族の一般的な生態と、主人公に起きた出来事を分ける必要があります。
本記事の読みでは、人間だけが相手を怪物と呼べる立場ではなくなることが、この対立の核心です。ズカウバから見れば、突然入り込んで生活や仕事を妨げるカーターの記憶こそ、理解しがたい異物になっています。
地球への帰還は、住人なら誰でもできる旅ではない
カーターは、ズカウバの側面を眠らせながら知識を利用し、地球へ向かう計画を立てます。そのために特別に丈夫な航行用の外殻を用意し、長い航行に耐える休眠、地球の環境への適応、姿を隠す準備などを進めます。
原典では、これはヤディスの住人がそれまで行ったことのない規模の旅として考えられています。地球へ来られた一例から、すべての住人が自由に地球と往復していると広げることはできません。
帰還しても、人間の姿が自然に戻るわけではありません。発声、筆記、歩き方、食物などに不都合があり、人間に見せるための衣服や蝋の仮面を使います。これは種族が自在に変身できるという描写とは異なります。
仮面の下を、誰が見たのか
物語の終盤、地球でカーターの消息を語っていた人物が、本人だと名乗ります。仮面が外れる騒動の後には、異様な発声や黒い鉤爪、棺のような時計の中への失踪が描かれます。
ただし、生き残った立会人たちは、仮面の下の顔を正面から見ていません。物語の最後でも、語られた長い冒険、銀の鍵、書類、失踪が何を証明するのかという疑いが残されます。ヤディスの描写は、主としてその場で語られるカーターの経験を通して読者に届きます。
したがって、作中の宇宙旅行を現実の観測記録として扱うことも、最後の部屋にいた全員が異星人の全身を確認したと要約することもできません。詳細な異世界の話と、地球側で確かめられたことの間には隔たりがあります。
ほかの知的な神話生物との違い
人間とは違う身体で知識を蓄える存在として、イースの大いなる種族と比較できます。ただし、ヤディスでのカーターの経験は、別作品の精神交換の仕組みをそのまま当てはめて説明できるものではありません。
また、星間の移動や人間と異なる技術に注目するなら、ミ=ゴも読み比べる対象になります。ヤディスとユゴスは名前が似ていても別の場所として記述され、両者を同じ種族とする根拠にはなりません。
ヤディスの住人の特徴は、恐ろしい姿だけにありません。長い寿命、蓄積された知識、世界を守る仕事、身体に応じた生活が描かれ、人間と同じように自分たちの視点で世界を理解しています。その一人の内側へ人間が入り込むことで、誰が誰にとって怪物なのかが問い直されます。
参照した原典
H. P. Lovecraft and E. Hoffmann Price, Through the Gates of the Silver Key(The H. P. Lovecraft Archive掲載原文)。第V章の世界の選択、第VI章の身体・文明・ズカウバとの葛藤、第VII章の帰還、第VIII章の証言と仮面の場面を参照し、独自の文章で解説しています。


