ろくろ首と聞くと、首が長く伸びる姿を思い浮かべるかもしれません。ところが、小泉八雲の『怪談』に収められた「ROKURO-KUBI」では、頭が体から離れて飛び回ります。しかも、怪異との戦いだけで終わらず、町での裁きや、盗賊による供養まで続く物語です。
小泉八雲「ろくろ首」に着想を得たイメージです。原文の一場面を正確に再現したものではなく、人物の姿・数・配置や建物は想像による表現です。実際の目撃写真ではありません。
この記事では、Project Gutenbergで公開されている八雲の英語原文と注記をもとに、あらすじと読みどころを紹介します。以下には結末を含みます。作品内の出来事を、実際に起きた事件や怪異の実在の証拠として扱うものではありません。
首が伸びる姿と、頭が離れる姿
この作品の注記は、ろくろ首は一般には首が長く伸びても体につながっている怪異として考えられている、と説明しています。それに対し、本編で描かれるのは、頭が体を離れる存在です。題名だけから姿を決めつけず、本文と注記を一緒に読むことが大切です。
本記事で扱うのは、あくまで八雲のこの一編です。日本各地のろくろ首の伝承をすべて同じ外見や性質にまとめるものではありません。ここでは「頭が離れる」という特徴が、旅僧の対処とその後の展開を支えています。
山の家に招かれた旅僧
主人公の回竜(原文表記Kwairyō)は、武士から旅の僧になった人物です。甲斐の山中で日が暮れ、野宿しようとしたところ、通りかかった木こりに危険を告げられ、家へ招かれます。
家にはほかに男女四人がいて、丁寧に迎えてくれます。主人は、自分もかつては身分のある者だったが、過ちによって家を失ったと語ります。回竜はその話を聞き、主人のために経を読んで祈ることにしました。
最初にあるのは、旅先で受けた親切と、過去を悔いる人への共感です。主人公が自ら怪異退治に向かったのではなく、宿を借りた家が危険な場所だったという転換が、物語の緊張を生みます。
眠る体と、林を飛び回る五つの頭
夜中、喉が渇いた回竜が部屋を出ると、家の人々は体だけを残して横たわっていました。原文は、このとき血がなく、刃物で切られたようには見えないことも記しています。回竜は、本で読んだ怪異の話を思い出し、主人の体を元の位置から動かします。
林へ出ると、五つの頭が飛び回り、会話していました。主人の頭は、僧を襲おうと仲間に話します。先ほどまでの丁寧なもてなしが、ここで別の意味を帯びるのです。
回竜が思い出す本の知識は、この作品では身を守る手段として働きます。ただし、それは物語の中で有効とされる方法であり、現実の怪異への対処法を紹介しているわけではありません。
旅僧の機転と、袖に残った頭
体が移されたことを知った主人の頭は、元に戻れないと嘆き、回竜に襲いかかります。回竜は木を武器に応戦しますが、主人の頭は衣の袖に食い付き、動かなくなっても離れません。ほかの四人は体に戻ったのち、僧を見て逃げ去ります。
この場面で際立つのは、回竜が単に怯えるだけの旅人ではないことです。冒頭の武士としての経歴が、危機の中での落ち着きや力強さにつながっています。僧でありながら武人の気質を失っていない、という人物像が、怪談に活劇のような調子を加えています。
町では怪物退治を信じてもらえない
回竜は頭を袖に付けたまま旅を続け、信濃の諏訪で捕らえられます。周囲の人々には、殺人を犯した者のように見えたためです。山中では生き延びるための行動だったものが、町では犯罪の証拠として受け取られます。
裁きの場で、一人の老役人が頭をよく調べ、首の後ろの赤い文字などを根拠に、怪異の頭だと判断します。これも作品内の判断であって、現実に怪異を見分けるための指標ではありません。回竜の武士時代の名も明らかになり、扱いは疑いから歓待へ変わります。
盗賊の手に渡った頭と、最後の供養
物語はさらに続きます。道で回竜を襲った盗賊は、袖の頭を人を脅す道具に使おうと考え、衣とともに手に入れます。ところが、後に頭のいきさつを知ると、怪異の霊を恐れるようになりました。
盗賊は山の家へ戻りますが、体を見つけられず、頭だけを葬って石を立て、供養を行わせます。最後には墓石が今も見られると語られるものの、原文はそれを日本の語り手がそう述べる、という形で結んでいます。この一文から、現在訪ねられる史跡の所在地まで確定することはできません。
怖さと笑いが入れ替わる怪談
この作品では、山の家の住人を信じた僧が正体を見破り、その僧を町の役人は疑い、さらに盗賊は怪異の頭を人の頭だと思って欲しがります。同じ存在でも、見る人の知識や思惑によって意味が変わる構成です。
怪異が常に恐怖を支配するわけでもありません。回竜の豪胆さには可笑しみがあり、最後に供養へ動くのは盗賊です。襲撃、取り調べ、取引、供養と場面が変わることで、恐ろしさだけではない後味が残ります。これは本記事での作品解釈です。
人らしい姿の見え方が怖さに関わる怪談を比べたい方は、当サイトの人面犬の記事もどうぞ。由来を同じものとして扱わず、顔や身体の組み合わせが変わることで生まれる違和感に注目すると、読み比べる手がかりになります。
参照資料
Lafcadio Hearn『Kwaidan: Stories and Studies of Strange Things』所収「ROKURO-KUBI」本文および同章の注記。著作権保護期間を満了した英語原文から独自に要約し、日本語でまとめました。Project Gutenberg公開本文。


