ギャア=ヨトン(gyaa-yothn)は、『The Mound』に登場する、地下世界クン=ヤンの獣です。大きな白い身体、背の黒い毛、額の小さな角、人間や類人猿を思わせる顔を持ち、住人を乗せたり荷物を運んだりします。原文では一頭を指す場面でgyaa-yoth、複数を指す場面でgyaa-yothnという形が使われます。
奇怪な乗り物というだけでは、この生物の役割を十分に捉えられません。外来者を見つけて住人へ知らせ、後には脱出計画の行方にも関わります。本記事では、ラヴクラフトがジーリア・ビショップのために執筆した原典をもとに、姿・知性・用途・来歴を分けて整理します。物語後半にも触れます。
どのような姿をしているのか
探検者サマコナが近くで見た獣は、白く大きな四足の生物です。背中には黒い毛があり、額の中央には未発達な角が一本あります。顔の平たい鼻や厚く張り出した唇には、人間または類人猿を連想させるところがあります。
この組み合わせを、白い馬に長い角を足した姿へ置き換えるのは適切ではありません。原典は馬のような顔を描いておらず、角も立派な長いものとはされません。一方、体高・体長・体重、足指の本数などを正確に列挙できるほどの説明もありません。
サマコナの記録は恐怖を強く伝えますが、見たものを細部まで書き残してはいません。そのため、示された特徴と、読む側が補って想像する全身像には区別が必要です。怖がったという記述を、そのまま誰もが必ず同じ反応をする特殊能力と読み替えることもできません。
最初は足跡と音だけが現れる
サマコナは、地下世界へ入ってすぐ全身を観察するわけではありません。まず、岩の間の地面に異様な足跡を見つけ、遠くに動く群れを認めます。足跡は、彼が知る蹄や手足のどれにもすっきり当てはめられないものとして記されます。
その後、神殿にいるサマコナへ群れが接近します。彼は戸を閉ざし、外を回る足音や物音を聞きながらやり過ごします。この段階では壁と戸に遮られているため、何が起きているかは主として音から受け取られます。
ここから「神殿の戸があれば必ず防げる」という一般的な弱点は導けません。物語は一度の遭遇を描くもので、獣が何を考えて退いたのか、あらゆる障害物にどう対処するのかまでは確かめていません。足跡、音、対面という順序が、正体を段階的に明らかにします。
人を運び、農地で働く獣
住人たちと出会ったサマコナは、一頭に乗って大都市ツァトへ向かいます。外見には強い抵抗を覚えるものの、乗ってみると座り心地はよく、歩みも意外に安定しています。鞍は必要とされず、獣は細かな誘導なしで進むように見えます。
都市へ近づくと、ギャア=ヨトンが農作業にも使われている様子が描かれます。サマコナの生活にも、移動や用事のために複数の獣が用意されます。彼らは野外で出会う怪物であると同時に、地下文明の日常を支える存在です。
この世界にはかつて高度な機械交通がありましたが、住人の暮らしが変わる中で、こうした獣が再び利用されるようになったと説明されます。獣に乗ることだけを見て、住人が機械を知らない社会だと判断すると、作中の文明史を取り違えます。
従うだけではない、報告できる知性
サマコナを迎えに来た住人たちは、獣から彼の存在を知らされたと伝えます。ギャア=ヨトンは、運搬の命令に従うだけでなく、見つけた外来者について情報を届けられる存在として描かれています。
さらに後半、サマコナは地下からの脱出に五頭の荷役獣を用い、金を運ばせようとします。ところが、茂みのからむ通路の入口で一頭が一行から離れ、荷を載せたままツァトへ戻ります。その帰還によって警報が伝わり、追跡者が来ることになります。
この行動を、獣が道徳的な意味で裏切りを選んだ、とまで説明する必要はありません。原文が明らかにするのは、一頭が従わず戻ったことと、その結果として脱出が知られたことです。意図をすべて人間と同じ言葉へ置き換えなくても、単なる道具ではないことは読み取れます。
また、具体的な発声や報告の手順が細かく示されるわけではありません。住人の思念による会話と関わる環境にいても、獣が人間と同じ言語を自在に話す、無制限に他者の心を読む、といった設定を加えることは避けるべきです。
ヨスの遺跡と、確定しない祖先
住人の説明では、ギャア=ヨトン、またはその主要な祖先に当たるものは、クン=ヤンより下にある赤い光の世界ヨスの遺跡で発見されました。その後、クン=ヤンの支配される人々との交配が行われたと語られます。完全に自然のままの動物ではない、という不気味さがここに結び付きます。
ただし、ヨスにかつて文明を築いた存在が、そのまま現在の獣へ変化したのかは、作中の研究者にも決着していません。古い住人が四足だったことは手掛かりになりますが、ヨスには人工的に生物を作る技術もあったとされるため、遺跡にいたというだけでは来歴を一つに決められないのです。
原典は、記録から分かる古代の特徴、住人たちの学説、未解決の系譜を並べています。「失われた文明の住人の末裔」と断定するより、その可能性と人工的な造形の可能性が残されている、と読む方が本文に忠実です。これらは小説内の設定であり、現実の進化や交配についての説明ではありません。
食性について、誰が安全だと言っているのか
獣は肉を食べると説明されます。住人たちはサマコナを安心させるため、餌になるのは自分たちの自由な身分の人々ではなく、特別な被支配階級だと述べます。しかし、その言葉は、他者を食料として扱う社会の価値観をそのまま示しています。
したがって、住人が危険はないと語ることと、すべての人に安全であることは同じではありません。誰を保護する対象と見なし、誰を除外しているのかを読むと、獣の恐ろしさだけでなく、それを日常として扱う側の恐ろしさが浮かび上がります。
ユム=ビや、住人の非物質化とは別
農地にはギャア=ヨトンのほかに、人型の労働者や、ユム=ビと呼ばれる再び動かされた死体もいます。ギャア=ヨトンは、死体を作動させたものとして紹介されているのではありません。地下世界で働く存在を一括して同じ種類の怪物と呼ぶと、原典の区別が失われます。
脱出行で獣が塞がった通路を越える場面もありますが、そこで非物質化を行うのは同行するトラ=ユブです。彼女が自分たちと荷を積んだ獣に技術を施すのであり、その一場面だけから獣自身の生まれつきの能力だと決めることはできません。
似た役割の神話生物と読み比べる
人を乗せて未知の場所へ運ぶ生物としては、シャンタク鳥との比較ができます。運ばれる側が、その生物の性質や行き先を十分に理解しているとは限らない点に注目すると、それぞれの物語の緊張が分かります。姿や生息場所まで同じという意味ではありません。
また、人工的に扱われる生物と文明の関係を考えるなら、ショゴスも比較対象になります。ただし、ギャア=ヨトンはショゴスの別名ではなく、作られ方や形、物語中の行動も区別する必要があります。
ギャア=ヨトンの特徴は、怪物として怖がられながら、住人には乗用・労働・情報伝達の担い手として扱われることにあります。サマコナが少しずつ利用に慣れていく過程と、利用できるつもりだった獣に脱出を左右される展開を追うと、この生物が単なる背景ではないことが見えてきます。
参照した原典
H. P. Lovecraft for Zealia Bishop, The Mound(The H. P. Lovecraft Archive掲載原文)。第III章の足跡と神殿での遭遇、第IV〜V章の住人による説明・姿・来歴・乗用と労働、第VI章の脱出行と通報を参照し、独自の文章で整理しました。後世の作品やTRPGによる数値・能力は用いていません。
作中の人間の優劣や支配を正当化する表現は、現実の人々の価値や性質を示す事実として扱っていません。本文で取り上げた地下世界、獣、その来歴はいずれも創作の描写です。


