黄色みを帯びた部屋が、曲がり角の先にも続いている。人の気配はないのに、照明だけがついている――。バックルームズ(The Backrooms)は、現実から外れたような空間に迷い込む、ネット発祥の怪談の題材です。
特定の怪物一体の名前というより、出口を見つけられない場所そのものが恐怖の中心にあります。元の投稿、そこから展開したゲーム、映画を区別して読むと、どの部分が共通し、どの部分が個別の創作なのかが見えてきます。
発祥:2019年の掲示板投稿
4chanのスレッド「unsettling images」の保存版では、違和感のある画像を募るやり取りの中に、バックルームズを説明する投稿番号22662718が残されています。保存版の表示日時は2019年5月12日です。
その短い文章は、現実からすり抜けるように外れてしまった先を描きます。湿った古いカーペット、黄色一色の空間、蛍光灯の音、広大な空室。そして、何かが近くを動く気配があれば、相手にも気づかれているかもしれないという不安が添えられています。
ここで確認できるのは、掲示板上の文章としての成立です。実際に異空間へ入った人の存在や、その空間の実在が確認されたという意味ではありません。
元の文章が語ること、語らないこと
元投稿は、多数の部屋と感覚的な描写を示す一方、詳細な地図や、相手の姿を説明していません。読む側は、何も見えない空間の先へ想像を向けることになります。
本記事では、この情報の少なさが読みどころだと考えます。正体の分からないものがいるかもしれないのに、姿も行動も確定しない。出口を探したい気持ちと、先へ進みたくない気持ちが同時に生まれます。怪物の能力一覧だけでは説明しにくい、空間を読む怪談です。
Kane Parsonsの映像化は、どこから始まったのか
WIREDによるKane Parsonsへの取材では、2022年公開の短編「The Backrooms (Found Footage)」が映画への足がかりになった経緯が紹介されています。Parsons本人は、最初から映画会社に企画を売り込むために短編を作ったわけではないと説明しています。
つまり、2019年の掲示板投稿と、Parsonsの映像作品は、出発点を共有していても同じ制作物ではありません。短い文章の余白を映像でどう埋めるか、観客をどこまで連れていくかという、新たな創作上の選択があります。「バックルームズの作者」を尋ねるときも、元投稿の書き手を指すのか、特定の動画や映画の監督を指すのかで答えが変わります。
発見された記録という形式で、何が変わるのか
「Found Footage」は、発見された映像を見せる体裁です。バックルームズのような場所をこの形式で描くと、見る側は部屋全体を自由に見渡せません。カメラが向いた範囲だけを見て、その外側を想像することになります。これは映像形式についての本記事の解説です。
文章では、読む速さを変えたり、前の一文へ戻ったりできます。映像は時間の流れを持つため、角を曲がるまでの待ち時間や、背後が見えない状態そのものを体験として組み立てられます。同じ空間を題材にしても、「何があると書くか」と「いつ、どこを映すか」では、不安の作り方が異なるのです。
映像が記録らしく見えることと、そこに映る異空間が実在することも別です。撮影されたように感じさせる表現を、作品の手法として読み取ると、噂の真偽だけでは見落とす工夫が見えてきます。
なぜ、調べる場所によって設定が違うのか
The Backrooms WikidotのFAQは、自分たちも数ある創作プロジェクトの一つだと説明し、単一の設定だけで全記事を統一する立場を取っていません。このページには旧版との注記があるため、現在の運営規則の案内ではなく、同サイトが示している創作の捉え方として参照します。
そのため、あるページで紹介される存在や場所のつながりが、別作品でもそのまま通用するとは限りません。設定の違いを見つけたときは、どちらかの説明が必ず誤りだと決める前に、書き手や作品の系統を確かめると理解しやすくなります。
これは、世界観に何も決まりがないという意味でもありません。一つのゲームの中では、そのゲームのルールが遊び方を支えます。一つの物語の中では、そこで示された条件が登場人物の行動を制約します。各作品の決まりと、題材全体に共通する決まりを分けることが、設定を読む鍵になります。
noclip・レベル・エンティティという言葉
同FAQでは、現実の境界から外れる移動を「noclipping」、場所の区分を「levels」、そこにいる存在を「entities」と説明しています。日本語の紹介で見かける「ノークリップ」「レベル」「エンティティ」は、こうした創作の整理に使われる言葉です。
「レベル」という語だけから、すべての作品が一階から順番に上がる塔のような構造だと考える必要はありません。また「エンティティ」は単に一体の固有名でもありません。どの作品の何を指しているかが分かると、部屋の名前と怪物の名前、ゲーム上のステージを混同せずに読めます。
元投稿には、後に作られた個別の存在の図鑑や、網羅的な階層表はありません。詳しい説明を読む楽しさと、少ない情報から想像する楽しさは、別々に味わうことができます。
ゲーム『Escape the Backrooms』のルール
Steamの『Escape the Backrooms』公式商品説明では、最大4人で探索する協力型ホラーゲームとして紹介されています。複数のレベルを進み、危険な存在を避け、仲間全員が出口へ到達することが求められます。
公式説明には、それぞれの敵に異なる仕組みがあることや、近距離ボイスチャットの音声が敵にも聞こえることも示されています。これらは、プレイヤー同士の相談や移動の判断を恐怖に結びつける、このゲームの仕組みです。
元投稿のわずかな文章に、こうした協力プレイや敵ごとのルールが全部含まれているわけではありません。ゲームを紹介するときは作品名を添え、そこでの攻略法をバックルームズ全体の普遍的な決まりとして扱わないことが大切です。
映画『Backrooms』は別の物語
A24の映画『Backrooms』公式紹介は、2026年の作品として、監督Kane Parsons、脚本Will Soodikを掲載しています。あらすじでは、家具ショールームの地下に奇妙な出入り口が現れることが示されています。
これは、個別の舞台と制作陣を持つ映画の導入です。映画の入口がそう描かれていることから、掲示板の元投稿にも同じ店や地下室が登場する、と読み替えることはできません。同じ題材をどのような物語に組み直すかが、翻案を比較する面白さになります。
見慣れた場所が、帰れない場所に変わる
廊下や空室は、普通なら用事を済ませるまでの一時的な場所です。そこにとどまり続けることを想像すると、普段は気にしない壁や照明が目に入ります。似た景色が繰り返されれば、進んでいるのか、同じ所へ戻ったのかも判断しにくくなるでしょう。
これは本記事での空間の読み方です。特定の心理状態や病気を説明するものではありません。バックルームズの面白さは、非現実的なものを大量に置くことだけでなく、日常的な室内の意味を変えるところにも見いだせます。
きさらぎ駅との比較
きさらぎ駅も、日常の移動先が知らない場所になる怪談です。鉄道の駅という目的地と、どこまでも続くような室内とでは、迷い方のイメージが異なります。似ている点を読み比べることはできますが、片方がもう片方を直接もとにしたとは、ここで扱った資料からは確認できません。
画像投稿から広がった怪異に関心があれば、スレンダーマンも参考になります。人影を中心に読む怪談と、場所を中心に読む怪談を比べると、ネット上の創作の幅が見えてきます。
読者の疑問:出口や脱出方法は決まっている?
元投稿は、迷い込んだ空間から帰る手順を案内していません。一方、Wikidotの前掲FAQは、出口を知らない設定の作品と、脱出の可能性を示す作品の両方を説明しています。『Escape the Backrooms』では、出口へ到達することがゲーム上の目標です。どの資料について尋ねているかによって、答えは変わります。
ここで面白いのは、出口を設定すると恐怖が消えるわけでもないことです。戻れるか分からない物語は、先の見えなさを残します。脱出を目指すゲームは、道があっても全員でたどり着けるかという緊張を作れます。「帰れない場所」という印象を出発点にしながら、各作品が別の問いを組み立てていると読めます。
読者の疑問:写真があるなら、異空間も実在する?
ある部屋を写した写真が存在することと、その部屋が無限に続く異空間だという説明が正しいことは、別の問題です。写真の範囲外に何があるかは、一枚の画像からは分かりません。バックルームズの元投稿では、空間の大きさや、近くに何かがいるという不安を文章が補っています。
図鑑として読む際は、「画像に見えるもの」「文章が設定として加えるもの」「読者が想像するもの」を分けると整理できます。これは怖さを否定するためではなく、普通の室内がどの段階で怪談の舞台へ変わったのかを見るための読み方です。本記事では元写真の撮影場所の特定までは扱っておらず、実在施設への探索を案内するものでもありません。
参照資料
WIRED:Kane Parsonsへの取材(2026年5月30日)/The Backrooms Wikidot:FAQ(旧版との注記あり。創作設定の位置づけを参照)
4chan過去ログの保存版:投稿22662718/Steam:Escape the Backrooms公式商品説明/A24:映画Backrooms公式紹介


