プーカとは?変身する妖精・笛吹きの旅・家事をするロバの伝承

霧の漂うアイルランドの丘で、石垣のそばに立つ黒い馬の姿のプーカ 怪異
馬の姿で現れるプーカの伝承をイメージした挿絵。

プーカ(Púca/Pooka)は、アイルランドの物語に登場する、さまざまな動物の姿をとる怪異です。人を背に乗せて夜の野を駆けるかと思えば、ロバの姿で台所を掃除することもあります。恐ろしい獣、気まぐれな案内役、働き者という顔は、どの話を読むかによって変わります。

ここではW・B・イェイツ編『Fairy and Folk Tales of the Irish Peasantry』の解説と、ダグラス・ハイド、パトリック・ケネディ名義で収録された二つの物語を読み比べます。以下の出来事は伝承集に書かれた物語であり、怪異の実在を確認した記録として扱うものではありません。

プーカの姿は一つに決まっていない

イェイツ編の「The Pooka」は、プーカを動物の精霊に近い存在として紹介し、人里離れた山や古い廃墟を居場所に挙げています。姿の例は馬、ロバ、雄牛、山羊、鷲。羽根のある小人という妖精像からは、かなり遠い顔ぶれです。

ただし、これは編者による概説です。個別の物語に登場する姿と、列挙された姿を混ぜて読むと、本文にない外見が出来上がってしまいます。たとえば後述する笛吹きの話には長い角がありますが、この一話だけを根拠に、すべてのプーカが同じ角を持つとはいえません。

同じ解説には、名を雄山羊を指す語に結びつける説や、シェイクスピアのパックの祖先と考える人の説も出てきます。原文自身が他者の推測として紹介しているため、確定した語源や文学上の系譜として断言しないことが大切です。出典:同書「The Pooka」、本文頁94。

笛吹きを背に乗せる、長い角の怪異

ハイド名義の「The Piper and the Puca」は、ゴールウェイ県ダンモアに暮らす笛吹きの話です。音楽は好きでも一曲しか吹けなかった男が、踊りのあった家から帰る途中、小さな橋のところでプーカにさらわれます。背に放り上げられた男は、その長い角につかまりました。

プーカは、知らない曲を演奏するよう命じます。男が吹いてみると、自分でも驚くほどの音楽が生まれました。怪異は彼を、クローパトリック山頂にあるバンシーの家の宴へ連れていこうとしていたのです。丘や湿地を越えて進み、山で足を三度打つと、大きな扉が開きます。

中には金の卓と大勢の老婆たち。男が以前盗んで食べた白いガチョウまで姿を現し、卓を片づけます。男の演奏で宴が続き、老婆たちは報酬として金貨を渡しました。帰りにはガチョウが新しい楽器を贈り、プーカは男を元の橋まで送り届けます。出会いは乱暴でも、旅は殺害や水難では終わりません。

葉に変わる金貨と、残った演奏の力

帰宅後、新しい楽器から響いたのは美しい音色ではなく、ガチョウの群れのような鳴き声でした。翌朝には金貨も植物の葉になっています。けれども、以前から使っていた楽器なら見事に演奏できました。物語は、その後の男に並ぶ笛吹きは郡内にいなかったと結びます。

贈り物がすべて同じ結果になるわけではないところが、この話の面白さです。金貨は消え、新しい楽器は笑いを招き、身についた技量は残る。プーカを「人をだますだけの怪物」とまとめると、男の人生を変えたこの結末が見えにくくなります。これは物語の展開に基づく読み方で、現実に怪異から音楽を授かった人物がいたという主張ではありません。出典:ハイド「The Piper and the Puca」、本文頁95–97。

台所を掃除する「キルデアのプーカ」

ケネディ名義の「The Kildare Pooka」では、舞台が屋敷の台所へ移ります。夜になると戸や食器が騒がしく鳴り、使用人たちは怖がっていました。ある晩、炉辺で眠ってしまった少年が見たのは、火の前に座る大きなロバです。

ロバは湯を沸かし、食器を洗って乾かし、棚へ戻し、床まで掃きます。少年は食べられるのではとおびえますが、怪異は家事に取りかかるだけでした。事情を聞いた使用人たちは、片づけを任せて早寝するようになります。恐怖が便利さに変わる流れには、働く人間のちゃっかりした姿も映っています。

別の少年が正体を尋ねると、プーカは昔この家で働いた怠け者の使用人だったと答えました。生前の怠慢への罰として、夜ごと仕事をしてから寒い外へ出なければならないのだといいます。ここでは動物の姿と、人間だったという来歴が結びついています。

服を贈られて去る理由

寒さを気の毒に思った少年は、プーカの希望に応じて暖かい上着を用意します。四本の脚を通せる服を着せられたロバは喜び、鏡で自分の姿を眺め、そのまま立ち去ろうとしました。掃除はどうするのかと呼び止めると、働きぶりが報酬に値すると認められるまでが罰だった、と説明します。

この結末では、衣服は侮辱ではなく、仕事を認めた褒美です。それによって罰が終わり、屋敷に来る必要もなくなりました。「妖精は服を嫌う」という一般則を当てはめると、物語が明示した別れの理由を取り落とします。使用人たちが後悔する落ちは、親切と自分たちの都合が同居するおかしさを残します。出典:ケネディ「The Kildare Pooka」、本文頁105–107。

11月との関係と、水馬との境界

イェイツの解説は、ハイドからの書簡を引き、レンスターの丘から上半身を現す馬の話も紹介しています。人の言葉で翌年の11月までの出来事を答え、人々は丘へ贈り物を置いたとされます。ただし、紹介された写本の著者は不明で、イェイツ自身も水馬の可能性を挙げています。

編者は11月との関わりを、プーカと考える手がかりにしました。笛吹きの話でも、宴の老婆たちは来訪者を「11月のプーカ」にあたる呼び名で迎えます。こうした記述から季節との結びつきは読めますが、いつ、どこで生まれた信仰かをこの本だけで確定することはできません。

馬の姿が共通する怪異としては、スコットランドのケルピーも比較の対象になります。ただし、動物の姿が似ていることと、同一の存在であることは別の問題です。水辺での行動、土地、話の結末を一つずつ見ると、呼び名をひとまとめにするより違いが分かります。

プーカを読むときの三つの手がかり

まず確かめたいのは、誰の文章なのかです。イェイツの概説、ハイド名義の翻訳、ケネディの物語では、文章の役割が違います。次に、その話の中で何をするか。背に人を乗せることと、台所で働くことは、同じ名の下に置かれた別々の場面です。

最後は、人間に何が残るかです。笛吹きには音楽の力が残り、屋敷の使用人には自分で家事をする日常が戻ります。姿を変えるだけでなく、人と関わる距離まで変わるところに、プーカの捉えにくさがあります。

笛吹きの宴に出るバンシーの名が気になったら、家族の死を告げる泣き声の伝承を扱うバンシーの記事も参照できます。同じ名称でも、この宴の一場面だけから他の物語すべての役割を決めないようにすると、伝承集の豊かさを味わえます。

参考資料

  • W. B. Yeats編『Fairy and Folk Tales of the Irish Peasantry』「The Pooka」本文頁94、「The Piper and the Puca」本文頁95–97(Douglas Hyde名義、アイルランド語原文からの翻訳と記載)、「The Kildare Pooka」本文頁105–107(Patrick Kennedy名義)。Project Gutenberg公開本文。
  • 同書の「The Kildare Pooka」脚注は出所をKennedy『Legendary Fictions of the Irish Celts』と記す。本記事はイェイツ編の収録本文を確認して執筆し、元の刊本を別途照合したとはしていない。
タイトルとURLをコピーしました